鎌倉へ 

青空に誘われて、江ノ電沿いをふらっと散歩してきました (^ ^)

今回は「極楽寺駅」と「腰越駅」付近の散策です。

江の島から江ノ電に乗り、まずは極楽寺駅へ。

「関東の駅100選」の一つにも選ばれている極楽寺駅。
駅前のポストも含めて昭和の面影が残る温かい感じの駅でした。

極楽寺駅からまず向かったのは「成就院」

明月院と並び「あじさい寺」として知られる、弘法大師ゆかりの小さなお寺です。

もちろん紫陽花は咲いていませんでしたが、参道から由比ヶ浜を望む景色はとても素晴らしかったです。
来年の紫陽花の季節には、ぜひまた訪れたいと思いました。

成就院へ向かう際に通ったのは「鎌倉七切通し」の一つ「極楽寺坂切通し」です。

ここは鎌倉時代、京都と鎌倉を結ぶ重要な街道でした。
新田義貞が鎌倉攻めの際に激戦地となったのも、この極楽寺坂切通しです。

新田義貞は大軍を率いて攻め寄せましたが、極楽寺坂切通しを守る幕府軍の激しい抵抗に阻まれて
結局、この切通しからは鎌倉へ入ることができませんでした。

現在は道路も整備されて当時の面影を見ることはできませんが、それでもここが歴史の舞台になった
ことを考えて歩いていると、何か感慨深い気持ちになりました。

成就院の次に向かったのは、「極楽寺」

鎌倉唯一の真言律宗の寺で、開山したのは忍性。
忍性は社会福祉や土木事業に大きな業績を残し、後醍醐天皇から「菩薩」の称号を貰うほどの
人物でした。

極楽寺は残念ながら境内が撮影禁止となっているので、山門前に咲いていた花を撮ってみました。
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午後の光に照らされて、温かみのある茅葺の山門でした。
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江ノ電に乗り、次は腰越駅で降車。

腰越駅から真っ先に向かったのは「満福寺」

源頼朝の不興をかい、鎌倉入りを許されなかった源義経が留め置かれたお寺です。

その際に書いた書状が有名な「腰越状」です。
兄・頼朝の許しを乞うために義経が切なる気持ちを綴ったとされる腰越状。
(近年の研究では腰越状を本当に義経が書いたのかどうか疑問もあるようですが・・・)

結局、義経の願いは頼朝には伝わらず鎌倉入りはできませんでした。

義経はこの後、京都に戻り、そこから平泉へと向かうことになります。

先日、世界遺産にも指定された平泉は何度か訪れたことがあります。
義経最後の場所とされる高館にも行きました。

高館での最後へとつながる義経の不運な人生がここから始まったことを考えると・・・

満福寺から海岸に向かい、由比ヶ浜方面を撮った写真です。
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義経はどういう気持ちでここから、すぐそこにある鎌倉を望んだのでしょうか・・・










「極楽寺」「腰越」で歴史に触れた後、江の島を見ながら海岸線を歩いて写真を撮ってみました。
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まだまだ残暑が厳しいこともあり、湘南の海は海水浴客で賑わっていました。
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青空と海も撮りたかったので、素晴らしい天気に感謝です (^ ^)♪
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写真には撮りませんでしたが、江ノ電沿いは歩いてもとても楽しむことができました。
また、ふらっと散歩に行きたいと思います。

鎌倉の歴史の奥深さと、空の青さに魅せられた一日でした。



[2011/09/19 22:25] 日記 | TB(0) | CM(0)